ロシアNIS調査月報
2024年5月号
特集◆激動の中のロシア経済と社会
 
特集◆激動の中のロシア経済と社会
調査レポート
2023年ロシア経済の分析:軍需に支えられた回復
調査レポート
ロシアの財政ルールと国民福祉基金
―戦費調達の背景にある資金メカニズム―
調査レポート
ロシアにおける外部管理の導入とその背景
調査レポート
多様性を失ったロシア乗用車市場
―ウクライナ戦争後の激変―
調査レポート
2023年の日ロ貿易:制裁強化で縮小が続いた1年
調査レポート
モスクワの市民生活から見るロシア社会の実情
調査レポート
ロシア大統領選圧勝の地域的要因
INSIDE RUSSIA
プーチン5期目の目玉政策に浮上した高速鉄道整備
データリテラシー
3月22日モスクワ郊外テロ
ロシア極東羅針盤
2023年の中古車対ロ輸出
エネルギー産業の話題
中国向けPLガス輸出
ロシア政財界人物録
オレシキン大統領補佐官
ミニレポート
モルドバでのウクライナ難民の現状と国際支援
ウクライナ情報交差点
ウクライナの国外避難民に生じている変化
中央アジア情報バザール
中央アジアの脱炭素政策(3)
ロシア音楽の世界
リムスキー=コルサコフ「熊蜂の飛行」
シネマで見るユーラシア
ロシアン・スナイパー
業界トピックス
2024年3月の動き
ロシアを測るバロメーター
2024年3月末までの社会・経済の動向
通関統計
2024年1月の対ロシア・NIS諸国輸出入通関実績
おいしい生活
バクーのバクラヴァ
記者の「取写選択」
クロッカス・シティホールの予言


調査レポート
2023年ロシア経済の分析:軍需に支えられた回復

北海道大学 名誉教授
田畑伸一郎

  2022年に出されたロシア経済発展省による社会・経済発展予測では、2023年は0.8%のマイナス成長が見込まれていたが、実際にはGDPは3.6%の成長となった。非常に高い成長率に見えるが、2022年にはマイナス1.2%であったので、2021年に対しては、2.4%の増加に過ぎず、ウクライナ侵攻後の2022〜2023年の年平均成長率は1.2%ということになった。


調査レポート
ロシアの財政ルールと国民福祉基金
―戦費調達の背景にある資金メカニズム―

和光大学経済経営学部 教授
日臺健雄

  ロシアのように資源輸出に依存する経済構造では、国際原油価格の変動が税収を媒介として国家財政に影響を与えることから、国際原油価格が下落すると税収も減少し、財政支出による景気刺激策をとることが難しくなる。一方、国際原油価格が下落すると景気も後退するが、景気後退期においては財政支出による景気刺激策、すなわち景気循環抑制的(カウンターシクリカル)政策の必要性が高まる。しかし、まさにこの景気後退期には<国際原油価格下落→景気後退+税収減>となることから、財源不足により景気刺激策を打ち出しにくくなる。ここにおいて、ロシアの国家財政における脆弱性を指摘することができる。


調査レポート
ロシアにおける外部管理の導入とその背景

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 
所長 中居孝文

  1年前の2023年4月25日、一定の条件下において「非友好国」企業のロシア子会社(の資産)に対して外部管理を導入することを可能にする大統領令が公布された。外部管理が入ると、ロシア子会社に対する各種権限を失い、企業活動をコントロールできなくなる可能性があるため、外資系企業の関係者の多くがこの動きに脅威を感じ、警戒を強めた。本稿では、ロシアにおける外部管理制度の経緯と導入事例を検証し、その特徴や問題点を整理する。


調査レポート
多様性を失ったロシア乗用車市場
―ウクライナ戦争後の激変―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 
名誉研究員 坂口泉

 ウクライナ戦争開始後、いわゆる「非友好国」のメーカーの撤退に伴いロシアの乗用車市場は徐々に多様性を失うようになり、2023年にその傾向がさらに顕著となった。戦争前の2021年時点では年間1,000台以上の販売を記録したブランドだけでも10カ国以上約40ブランドに達していたが、2023年時点で1,000台以上の販売を記録したのは4カ国22ブランドにとどまった。しかも、22ブランドのうち17ブランドがロシアと中国のブランドに占められていた。ロシア市場は完全に多様性を失い、ロシアと中国のブランドに席捲されてしまったと言えよう。本稿では多様性喪失のプロセスに着目しながら、2023年のロシアの乗用車市場を回顧する。


調査レポート
2023年の日ロ貿易:制裁強化で縮小が続いた1年

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 
部長 齋藤大輔

 ロシアがウクライナに侵攻してから2年が経過した。欧米の制裁にもかかわらず、ロシア経済はプラス成長を堅持し、プーチン政権は戦争継続の強気の姿勢を示している。侵攻の長期化は、日ロ貿易にどのような変化を引き起こしたのだろうか。


調査レポート
モスクワの市民生活から見るロシア社会の実情

在ロシアジャーナリスト 
徳山あすか

 短期的にモスクワを訪れた人にとっては、ここは制裁の影響を全く受けていない、大発展した都市のように思われる。実際に個人旅行者のYouTubeを見ると、モスクワの無傷ぶりを喧伝して、意外性を強調する人もいる。一方で、現地に人を派遣していない日本のメディアが、人通りの少ない場所の写真をあえて使い、モスクワがいかに経済停滞しているか、ミスリードしている報道も目にする。11年間ロシアに住んでいる筆者としては、その両方に違和感を覚えている。このように、極端な情報が錯綜している状況を踏まえ、本レポートでは、暮らし全体のイメージがよりリアルに湧くように、取材で得た具体的なエピソードも交えながら、ロシア社会の様々な側面をご紹介したい。


調査レポート
ロシア大統領選圧勝の地域的要因

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 
主任 中馬瑞貴

 2024年3月に地域経済の成長度を示す地域総生産の2022年の数字が連邦統計局より発表された3)。それによれば、2021年ほどではないものの、多くの地域で2022年の経済は回復傾向にあった。そこで本稿ではプーチンが大統領選で圧勝を果たした地域的要因について考えてみたい。


INSIDE RUSSIA
プーチン5期目の目玉政策に浮上した高速鉄道整備

  2010年代のロシアで、一時期かなり機運が高まったのが、高速鉄道整備計画だった。最初は2018年のFIFAワールドカップも見据えてモスクワ〜カザン線を建設するとされていたが、いったん決まった中国との提携がその後破談となり、カザン線は頓挫。次に、より需要の大きいモスクワ〜サンクトペテルブルグ線の建設が浮上したものの、結局それも実現しなかった。しかし、第5期を見据えたV.プーチン政権は、再び高速鉄道の構想を前面に打ち出すようになった。2023年8月17日には、ナショナルプロジェクト「高速鉄道の発展」が採択された。(服部倫卓)


データリテラシー
3月22日モスクワ郊外テロ

 2024年3月22日金曜日モスクワ時間19:58(ロシア捜査委員会公表時間に基づく)、モスクワ郊外(モスクワ州クラスノゴルスク)の複合商業施設にて無差別銃撃テロが発生し、非常事態省が3月27日に公表したリストに拠れば犠牲者数は143名、またロシアメディアに拠れば同29日時点で負傷者が360名、行方不明者が95名であると報じられています。テロ当日、同施設内のコンサートホールであるクロッカス・シティホールでは、ソ連時代から40年以上活動を続けている有名ロックバンド「ピクニック」のコンサートが開催予定で、会場には約6,200名の観客が訪問していたとされています。追悼の日として指定された3月24日以降、事件現場には犠牲者を悼む多くの人々が花を手向けに訪れています。また、テロの負傷者のために献血を申し出る人々による行列ができたことがロシア国営メディアなどで報じられました。以下、本稿では今後の安全情報の参考として、現時点で整理可能な今回テロの関連情報やその影響について論じます。(長谷直哉)


ロシア極東羅針盤
2023年の中古車対ロ輸出

 ロシアのウクライナ侵攻と西側諸国による制裁強化はロシア極東を中心とする中古車ビジネスを一変させた。2023年は、中古車が日本政府の制裁対象となるというまったくの予想外の事態に直面した。(齋藤大輔)


エネルギー産業の話題
中国向けPLガス輸出

 PLガスとはパイプラインで需要家に供給されるガスのことを意味し、ロシアではガスプロムがその独占的輸出権を保有しています。また、LNGとは異なりPLガスには30%の輸出関税が課せられることになっています。かつて、ロシアのPLガスの主要な輸出先は欧州でしたが、ウクライナ戦争後に同地域への輸出量は激減しています。その関係でガスプロムは現在、ガスの生産量を抑制することを余儀なくされています。また、連邦予算のガス輸出関税収入も2023年以降激減しています。そのような状況の中、欧州の代替となるPLガスの輸出先としての中国の存在が以前にも増して注目を集め始めています。そこで、今回は、中国へのPLガスの輸出状況と同国を念頭に置いた新ガスPL建設プロジェクトについて説明します。(坂口泉)


ロシア政財界人物録
オレシキン大統領補佐官

 本稿では、この「グローバル経済の分断化」について論じたオレシキン大統領補佐官のインタビュー(2023年12月26日付のエクスペルトHP記事)の一部を紹介したいと思います。オレシキン大統領補佐官は以前に経済発展大臣を務めていた人物であり、最近はロシアの経済および貿易政策に関する実務的な対応だけでなく、経済安全保障を意識した戦略的な発言も対外的に行っており、その動向が注目されます。ロシアの一部報道では、2024年5月のプーチン大統領の5期目就任後に予定されている内閣改造において、新首相に任命されるかもしれない人物のうちの1人に挙げられています。以下、文末表現を変えて、オレシキン発言を紹介します。(長谷直哉)


ミニレポート
モルドバでのウクライナ難民の現状と国際支援

 本稿では、2024年2月後半にモルドバ(首都キシナウおよびその周辺)にて実施した筆者による調査結果を基に、同国でのウクライナ難民支援の現状を説明するとともに、現地での視察記録や各所でのインタビューにて見聞きした情報を整理してお知らせする。ロシア市場動向と同様に、企業目線では、戦火の続くウクライナやそこからの難民を受け入れる周辺国の対応や状況については把握が難しい事項が多いと考えられるところ、参考となれば幸いである。  以下で説明するように、大規模なウクライナ難民の発生とその継続は戦況と同様に重大な人道危機であり、周辺国に及ぼす影響も大きい。それへの支援がいかに重要か理解の一助となればと思う。また、国際NGOからはウクライナ拠点運営や安全対策についても聴取することができたので参考としてもらいたい。(長谷直哉)


ウクライナ情報交差点
ウクライナの国外避難民に生じている変化

 ロシアによるウクライナ侵攻も3年目に突入し、ウクライナ国民の避難生活も長期化しようとしている。今回は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発表しているデータと資料にもとづき、ウクライナの国外避難民をめぐる状況を整理する。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
中央アジアの脱炭素政策(3)

 中央アジアの脱炭素政策について、前号でカザフスタンおよびウズベキスタンの政府が掲げている戦略やプログラムを紹介した。続いて本稿では、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの政策や動向について取り上げることにする。(中馬瑞貴)


ロシア音楽の世界
リムスキー=コルサコフ「熊蜂は飛ぶ」

 ブンブンと蜂が飛ぶ曲 そんな曲を作曲したのは「ロシア5人組」の最若手だった、リムスキー=コルサコフ(1844〜1908年)である。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


シネマで見るユーラシア
ロシアン・スナイパー

 2022年の第19回本屋大賞を受賞した『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬著/早川書房)を読んだ時の驚きはいまも忘れられない。舞台は独ソ戦。ドイツ軍に親族を殺され、村を焼かれた少女が射撃の腕を買われ、厳しい女性教官の下で超一流の狙撃手となって戦場を転々としていく物語である。30代の日本人作家が主人公の行動と内面、そしてその背景にある戦争やソ連社会までを描く筆致に舌を巻いた。著者の2作目となる『歌われなかった海賊へ』(早川書房)では、ナチスがユダヤ人を強制収容所に移送して何をしているのかを知った若いドイツ人の男女が、アウシュヴィッツへつながる線路を爆破し、政権を転覆させようとする。いずれも人間の想像力はかくも自由に時空や場所を超えることができるのかと思わせる、文学の可能性が伝わる作品だった。(芳地隆之)


記者の「取写選択」
クロッカス・シティホールの予言

 ロシアの人気キャラ、チェブラーシカが風船につかまって宙を舞うと、子供たちの歓声は最高潮に達した。宙と言っても天井はあるが。モスクワ郊外のクロッカス・シティホールで2012年1月に催されたチェブラーシカショーは私にとって、楽しい家族の思い出の一つだ。(小熊宏尚)